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はじめに

2011年3月20日 (日)

はじめに

鎌倉の長谷の大仏様の裏の山裾にあったちいさな庭と
サンルームのあるお家をそのまま使ったお店から、
東京の古書の街、神保町に引っ越したのが6年前。
昔の出版社の倉庫であった一軒家を自分たちの手で
改装しお店を開いて2年。
その後、立ち退きに押されて、新しいビルの一部を
古家風に改装し引越して4年間。
今年の初春、西荻窪で手描きの間取り図のならんだ
ガラスの風景にひかれて何気なく入った昔からの
不動産屋さんで鎌倉のお店の頃の話をしていて
「古い建物で庭付き、改装もできて、吉祥寺か西荻、
井の頭公園の駅から5分位で貸してもらえる所があれば、
以前のような一軒家のお店の形に戻りたい……」と
雑談したことも忘れていた2月の中頃、
渡していた名刺の連絡先をたよりに
「こんな場所があるけど、興味があれば」と不動産屋さんから
電話がありました。

広さやお家賃も聞いて、頭のなかで興味がむくむく、
とりあえず住所をたよりに外観を見に行ったのがここ。
築年数十年の、むかしお店だったお家でした。

Photo_14

不動産屋さんに鍵を貸してもらってなかも拝見。

Photo_12

木枠の高窓。すりガラス越しに差す西日。
子どもの頃の台所の記憶。

2階のベランダ下には、小さな庭ほどの外スペースも。

Photo_13

この場所を、どんなお店にできるだろうか?
ふくらんできるイメージ。それは、この場所で新しいお店を
始めてみたいという自分の心のなかからの信号でもありました。

次の週、不動産屋さんに正式に申込をし、AMULETの
ホームページにお店の神保町から西荻窪への引越の告知を
出したのが、確か3月の始め頃……
そして、3月11日、神保町のお店も大きく揺れた
今回の震災がありました。

それに続く日々、時間のなかで、伝わってくる被災地の惨状、
住人たちの厳しい現実。
一見、変わらない東京の風景のなかに暮らす人々のからも、
先の見えない不安、いまいる場所から逃げ出したくなるような
辛い気持ちが伝わってきます。

それは、いまの自分自身の思いと気持ちでもあるのです。
はたして、このような時に引越などしてよいのか?
というより、これからの日々、いままでのようなお店を
続けてよいのか?

厳しい交通事情を乗り越えてお店を訪れてくれた人たち、
お客さまや作家さんたちと電灯をおとしたお店のなかで話をし、
電話やメールを通して、同業他業、さまざまな立場の人の意見を
聞きながらこれから自分がAMULETという場所でできることとは、
AMULETがどんな形であれば維持し、これからも進めていけるか
どうかを考えました。

現在、何ひとつ結論は、出ていません。
ただ、自信を失い、いまいる場所にたたずんで、訪れる時の波と
その結果を待つより、心のなかの信号を信じて一歩でも前に
進んでいくことが少なくとも答えを探す鍵にはなるような気がします。
そして、その鍵が、よりよい答えへの道への扉を開くためには、
いままでのAMULETよりも、より多くの人々、より広くさまざまな
立場にいる人々といっしょに、それぞれの答えを探す関係を
始めていくことが、大切になるという予感を感じています。

西荻窪への引越も、その場所を始めて見た時に感じた、
心のなかからの信号を信じ、その場所で、より多くの人といっしょに
答えを探しながら、新しいお店の形をつくれればと思っています。

以前、「くりくり」のページで予告をしながら、なかなか始めないでいた
アトリエ日記を“AMULETの新しいお店づくり通信”として今日から
始めてゆきます。